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波乱万丈な人生 8 自分の進路と姉の理不尽さ

家族全員の話に軽く触れたので
また自分の話をしようと思う

自分の進路に悩む高校3年の時
一応ささやかな夢を持っていて
その為に進学を考えていた時期もありました

先にブログにも書きましたが
急に母子家庭になってしまった我が家
母親は自営業をしていますが
細腕一つで姉妹を養うには無理がある
3つ離れた姉はバイトで学費を稼ぎながら
看護専門学校に通っていたあの頃

当然私自身もバイトでお金を貯めていたけど
正直どうするか悩んでいた
目指す専門学校が地方にあったからです

資料を集めたり参考書を買って勉強も始めてた時
姉からの一言

『あんたにそんな仕事ができるとは思えん』

私が目指していたものは
医療事務でした
姉であっても人の人生に口出しして欲しくない

私『うちの人生やから 関係ないやん
姉ちゃんのやることに文句いったことないやろ?』

姉『うちが看護学校行ってるからってアンタまで医療の道を選ばんでええねん
アンタはうちのマネばっかりして そういうところが嫌いやねん!』

なんでそういう話になるねん!

心の中でそう思ってましたが

私『自分の人生を自分で決めて何が悪いん?』

多分ここまでハッキリと姉に対して言い返したのは
この頃は数えるぐらいしかなかったと思う
なにせ姉も暴力で訴えてくる人ですから…

別にマネしたわけでもないし
自分で悩んで決めたことを理由も聞かずに全否定されるのは我慢できなかった

その後も色々姉に言われ なぜか殴られることも数回
諦めず毎日勉強していたのですが

ある日 あれだけ集めたはずの資料や参考書が
机の上からすっかりなくなっていました
姉と一緒の部屋だったので
正直喋るのも嫌だったけど聞いてみた

私『参考書とか資料とかなくなってるんやけど 知らん?』

姉『昨日捨てといたよ ゴミの日やったし』


この人ホントに看護婦を目指してる人なのだろうか…


看護婦の仕事は心のケアが非常に重要だと私は今も思っている
なのに姉は私の心をズタズタにしていく…

当の本人はまったく気が付いていないのが厄介だ

私『そう… もういいわ』

ショックを通り越して呆れてしまった
そこまでしないといけないことだったのだろうか

姉『アンタが諦めんとしつこいから悪いねん』


悪者は姉ではなく私なのかい?もう人として理解不能です

この妨害が精神的にまた私を追い込み
医療事務を目指すことを諦めました

きっとこの人はなんででも資料などを捨ててしまう
そういう人なんだとムリヤリ言い聞かせて…

このことはこの頃母親には話していません


ついこの間話の流れで
ホントは就職ではなく医療事務の専門学校に行きたかった
姉に邪魔されて諦めたけどねって話したら

『なんでその時言わないの!!』って言われたけど…



その後 進学か就職するかで悩む日々が続き
母親が元々病弱なこともあり
やっぱりできるだけ傍にいてあげたい

その気持ちが強くあったこともあり
誰にも相談せず就職することに決めたのです




波乱万丈な人生 9へ続く

波乱万丈な人生 7 天然母親エピソード

本当の父親の話
義理の父親の話(通称オッサン)
ジャイアン的考えを持つ姉の話
自分の話ときたら
もう母親の話するしかないよね

幼少期 すごく躾に厳しかった母親
幼稚園の頃から1人で買い物行ったり
洗濯をたたんだり ゴミ捨て 洗い物 掃除など
簡単な料理などもできるように叩き込まれてました
幼いころから主婦ですよw
おかげであまり困ったことなどありません

怒ると怖い母親でしたが
高校ぐらいから異変を感じ始めました

この人天然なんじゃないかって…

年を取るたびに幼くなっていってるように感じ
1人でなんでもテキパキできたのに
急に甘え始めたりするわけですよ


私が社会人になってから色々爆発するわけですよ


ある時の話



1週間程胃腸炎に苦しんでたんですよ

痛みに耐え切れず

火曜日から3日間仕事を休んで寝たきり状態

そうとは知らないお母さん

相変わらずのテンションの高さでメーる

『ねぇ 電話していい?』

恋人ですか?

っていつもなら突っ込むとこなんだけど

そんな元気さえなかった私

『お…母さん…』

声を振り絞って電話しましたよ

『何?死にそうな声出して・…
今から行くから下で待ってて!!ガチャン ツーツー…』

真冬で外メッチャ寒いのに外で待ってろって(苦笑)

ちなみにマンションの正面玄関はオートロック
暗証番号教えてあるしスペアキー渡してあるんだから来てくれたらいいのに…
きっと暗証番号忘れたんだろうなぁ~
部屋番号押せば開けるのに(苦笑)

外で待つこと5分…
チャリに乗ってお母さん登場
寒すぎる!!おせーよ…
凍えて倒れそうだったから…

『中で待ってればよかったのに』

外で待ってろって言ってたよね!!

『そんな薄着で風邪引くでしょ』

私の服装 長Tにハーフパンツ
しかも裸足に靴履いてました(苦笑)

『病院行きなさい!!一緒に行こうか?』

遠慮しときます
この年で親に付き添ってもらって行くなんて恥ずか死にしますから…

『これ はい!!』

手渡された物

大量の栄養ドリンク
うどん
チーズ…

うん チーズは消化悪そうだね…(苦笑)
しかも賞味期限微妙に切れてるよ…
こんなの食べたら余計にお腹痛くなるんじゃないの?

でも嬉しかった
必死にチャリこいで来てくれたお母さん
お母さんの愛って偉大だね
一人でどうしようかって思ってたから
すごくありがたくて嬉しかった


次の日やっと仕事行けて

お母さんからメール

『帰りよってね(はーと)』

恋人気分でいさせてあげますよ(笑)


実家に行ったらお母さんの姉が来ていて

『胃腸炎で死にかけてたんだって?全快祝いにご飯行くよ』

連れて行かれたお店がお寿司屋さん
どうやらお母さんが店を選んだらしい

胃腸炎治ったって言っても
生ものはまだヤバくないですか(苦笑)?
でもご馳走になる身分で文句は言えない…


いくら魚が好きだと言っても
胃潰瘍だった人をお寿司屋さん連れていきます?



本能のままに動くのが
うちの母親なんだなって実感した瞬間でした



波乱万丈な人生 8へ続く

転職して驚愕したこと

たまにはね
今の自分のことも書いておこうと思います

長年勤めていた会社を辞め
今現在は派遣社員としてコールセンターで働いてる私

前の職場は一応一部上場の会社でした
一番悩んでいたのは人間関係
元々男子社員の多い職種なのですが
少数ですが女子社員もいました

自分の性格が女らしくないというか
女子特有の女子だけの団体行動が苦手なこともあり
異色の存在だったんじゃないかなって今になって思います

一言で言うと真面目な社員ではなかったなぁ
仕事はキッチリこなしてたけど
髪を金髪にしてみたり
ピアス禁止なのに堂々とピアスをし
ネイルも禁止なのにお構いなし
ある部署では『人を殴ったら血が出そう』と言われたことのある
ゴツゴツのリングをして仕事をしてた時もありました
それでも不思議と上司から注意されたことがなく
きっと言ってもきかないだろうしって呆れられてたんだと思います


今現在の職場 高級オフィスビルの高層階
規定は特になし
私服で金髪でもピアスしててもネイルが派手でもなんでもOK
なんだこの自由な職場は!と驚かされたものです
一番フロアの偉い方 
フロアマネージャーも普通に休憩室で私達に交じってお弁当食べてます
仕事では厳しいけどご飯食べながら普通に下ネタほりこんできますw

上司との関係性も前の職場と全然違う
前の職場は殺伐としてて常に罵声がどこかで聞こえてて
精神的にもやられてしまう

今の職場はチームワーク重視
すごく励ましてくれるし上司から歩み寄ってくれる姿勢
前の職場の上司達も見習え!って思うぐらい違います


昨日仕事をしてて改めて思ったこと
今の職場の人達は感謝の気持ちを忘れないってことでした

コールセンターの仕事をしてて
電話をしてくるお客様はいい人とは限りません
自分のわがままをぶつけてくる人
いきなり激怒する人など様々です

昨日 たまたま態度の悪いお客様の対応をしていました
第一声から高圧的な態度のお客様
お客様の要求ができないことばかりで謝り続けたり
質問に即答できず 調べるために保留しようとすると



『そんなこともわかんねーのかよ!お前バカか!バーカ!
お客様困ってんだよ それを何とかすんのがお前の仕事だろ!
早くなんとかしろよ バーカ!時間ねーんだよ!早くしろ!バーカ!』と言われ…

心の中で『時間ある時に電話して来いや!』と思ってましたし
大阪人の私はバカと言われ正直カチンときていましたが
その後も続くここには書けないような暴言
当然上司が私の顔色の変化に気付き隣についててくれて
対応中の内容を一緒にモニターしてくれてました

小声で
『このまま聞いてても仕方ないので別の者から折り返しの電話提案しましょうか』
なにか企んでるような微笑みを浮かべて言ってくれました


その後もしばらく暴言は続きましたが
何とか折り返し電話の約束を取り付け終話

その後隣についててくれた上司が
『対応ありがとう お疲れ様です』と
笑顔で言ってくれたのです
前の職場でもクレーム対応していたことはありましたが
お礼や労いの言葉をかけてもらったのは初めてでビックリしてると

『暴言を言われた分 キッチリ叩きのめしてあげるから
一緒に聞いてたけど個人的なことや関係ないことまで言ってたし
あれはね もうお客様と呼べないよ
仲間が悪く言われるのは気分が悪い
大丈夫 キッチリと仕返ししとくから
こっちは間違った対応してないから自信もっていいよ
最後まで対応してくれてありがとう』


うっかり惚れそうになりましたよ…


暴言を聞き続けることしかできず
なにも解決できなかったのにお礼を言われたことに驚愕しました


その後も喫煙所で別の上司からも

『キツイお客様に当たってたんでしょ?対応ありがとね
大丈夫だった?あのお客様の要求はメチャクチャだったし
ちゃんと筋を通して論破したから大丈夫だよ
今まで通り対応よろしく 期待してるよ』

と言われ驚きでフリーズしました



部下を駒としてではなく
ちゃんと仲間として 人として大事にしてくれる姿勢
そして部下にお礼が言える上司の姿勢
前の職場の方々 見習ってください!



前の職場なら
『俺が対応してなくよかったー お前ついてないね』
みたいな対応しかしてもらった記憶しかありません
もちろんお礼を言われたこともありません
仕事だしって自分自身も割り切ってやってたし
途中で上司が電話替わってくれたこともなく
全部最後まで自分で対応していました


今の職場の上司の心強いことといったらもう!って感じです


マネージャーからも
『自分たちに今できることを頑張ってもらえたらいい
できないことは僕たちで引き受けるから』と言われました

理想の上司がここにいますよー!!って
叫びたい気分でしたね


職場によってここまで違うものなのか
転職しなかったら一生わからなかったことなのかもしれませんね


今の職場で働けて幸せだー!!




波乱万丈な人生 6 ジャイアン的考えを持つ姉の話

本当のお父さんの話
義理の父親の話(通称オッサン)と書いたので

我が家の女帝 姉のことも書いておこうと思います

典型的なAB型と言いますか
裏表の激しい人でした
思ったことはすぐ口にだし
そのことで相手が傷つこうがお構いなし
そのくせ自分が嫌なことを言われたら
ものすごい勢いで殴ってきます

オッサンも怖かったけど
姉もかなり怖かったです

嫌なことをすべて私に押し付けてた記憶があります
性格の違いからかイライラさせてたのもあるのかも知れないけど…

すごくしょうもないことでも私に頼んでくることが多かったです

一番 ありえへんって思ったことは…


あれは多分私が幼稚園ぐらいの時だった思います


姉『そこの箱テッシュ取って』

見ると姉が手を伸ばせは余裕で取れる位置にある箱テッシュ
私はそこより少し離れたドアの前に立っていた

私『お姉ちゃんが取った方が早いやん』

姉『早く取ってって言ってるやろ!』

いきなりブチ切れモードの姉

私『自分で取ってよ』

姉『取れってゆってるやろ!!』

そして姉は驚くべき行動に出た



あれだけ取れと言っていた箱テッシュで私をぶん殴ったのです


殴られたことに驚きながらも心の中で


『自分で取れたやん』と思ってた私…


嫌なことを私に押し付け
私ができなかったらブチ切れる姉

私が持っているものをすぐに欲しがり
すぐにちょーだいと言ってきて 私が断ると

『どうせそんなに使えへんやろ!』と
意味不明なことを言ってきて
結局私が渡さないとずーっと文句言い続けるという
精神攻撃をしてきたりします

そのくせ自分の物に触れられるのを嫌がる姉


まさに
俺の物は俺の物
お前の物は俺の物



そんな姉の精神攻撃は私が社会人になるまでに地味に続き

オッサンの暴力で男性恐怖症気味になり
姉の暴力と精神攻撃で女の嫌な部分をこれでもかと体験し
女子グループに入ることすら怖くなるという…


なんかこうやって書きだしてみると


本当にドラマや漫画の世界の出来事だなw




波乱万丈な人生 7へ続く

波乱万丈な人生 5 本当の父親じゃなかった 2

本当の父親じゃなかった人
通称オッサンのことを少し書いておこうと思います


お母さん曰く
私が幼い頃は元気で明るく人見知りもしないし
よくしゃべる子だったそうです

確かにご飯の時に一人でワーワー話して
早くご飯食べなさい!ってよく怒られてた記憶がある

じゃぁいつから人見知りが激しくなり
口数が少なくなってしまったのか


今でもお母さんは
『ゆきの性格はオッサンが歪めてしまった』と言っています



オッサンはとにかく暴力的な人でした
自分の機嫌が悪い時は周りに当たり散らし
もうそうなると誰も止めることができない
気持ちが治まるまでサンドバックになるしかないなって
ずっと思いながら過ごしていました


とにかく喧嘩っ早い人
身長もデカくて
パンチパーマにも見えるような天パ
そんな人がサングラスかけて歩いてたらどうします?
一見ヤ〇ザに見える人が話しかけてきたら
逃げ出したくなりませんか?


学生時代 友達と歩いていたらオッサンを見かけて
見つからないようにダッシュで逃げたことがあります


家に帰ったら

『お前 なんで俺を見かけて逃げたんや ボケ!』と言われ
ボコボコに殴られたことがありました


幼少期からボコボコに殴られたり
大声で怒鳴られることが多かったので
トラウマになってしまい
今でも男の人の怒鳴り声や
殴られてる人を見るだけでも身体が震えてしまいます



でもそんなオッサンも家族思いのなとこはちゃんとありましたよ

中学の時に韓国と香港に家族旅行に連れて行ってくれたり
食にうるさい人だったので
幼いころからカウンターでお寿司とか食べていたし
結構贅沢な生活をさせてもらっていたのもオッサンのおかげでした


でもプライドが高くて気難しい人

高校はどこを受験するんだって話になった時
『そんなとこ行くんか!』って怒鳴られた記憶があります


私が社会人になってからバッタリ再会した時も
どこの会社に就職したんだって話になって
一部上場企業の会社と言ったら

『お前にそんなとこの仕事ができるとは思わん』って言われたり…


あんたにとやかく言われたくねーよ!って思いましたけどね




何年か後に別居状態から完全にお母さんと離婚
戸籍上もオッサンとは他人になった時
気持ち的にもやっとスッキリしたなと思いました




私は実家の近くのマンションで1人暮らしをしてるのですが


ある時 夜中に携帯が鳴り
こんな夜中に誰だよ…と思いながら着信を見るとお母さん
まだ寝てなかったけど眠いなって思いながら出ると


『ゆきー』と一言

オッサンの声でした


なんでお母さんの携帯番号なのにオッサンの声やねん!って思ってたら
急にお母さんの声に変わり

母『今オッサンが用事で来てるんやけど
ゆきに会いたいってうるさいから来て』

私『こんな時間やし今度にして 明日も早いし』

母『まぁ そうやね』

ってことで電話を切ったのに5分後に激しく鳴らされるインターホン


オートロックなので開けなければやり過ごせると思ったのが甘かった


マンションの下から

『ゆきー』って叫ぶ声はオッサンの声…


夜中だし迷惑になるから急いでベランダから下を見ると

オッサンとお母さんの姿…


お母さん なんで連れてきた
そしてなんで家をバラす…




その後 夜中なのに一緒にご飯食べに行く羽目になりました



久々に会ったオッサンは少し丸くなった印象でした
ニコニコしてて気持ち悪いぐらいに
私の名前を嬉しそうに連呼して


こんなにも人って変われるもんなんだなって思った瞬間でしたね






波乱万丈な人生 6へ続く
プロフィール

ゆき

Author:ゆき
現在正社員だった職場を辞めて派遣社員として活動中
収入が愕然と減ったのでアフィリエイトでコツコツお小遣い稼いでます

フリーエリア
現在の資料総発行数  アフィリエイター卒業への道 2014!(目指せ月収7桁生活!?) ◇儲けたいなら、アフィリエイトはするな!? -----------------------------------------------------------------------------夢を叶える最強の資金調達方法
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